ヴィヴァーチェ

中谷庸子 − 代表理事

大阪音楽大学作曲学部作曲科卒業。1994年、渡米。96年、コロラド州アスペン音楽祭に参加。97年、オレゴン大学作曲科修士課程にて修士号取得。
同年秋、ブランダイス大学作曲科博士課程に特待生として入学。99年春に続き、2001年秋、ウーマン・コンポーザーズ・コンサートを企画、開催し、好評を得る。98年夏、ヴァーモント州で開催されたチェンバー・ミュージック・コンファレンスに参加。2000年夏、ウエア・ブルック・コンテンポラリー・ミュージック・フェスティバルに招かれる。2001年夏、アルカディアン・ウインズ(木管五重奏団)による委嘱作品がボストン他で演奏され、またミュゼッタ・デュオによる委嘱作品が、日本ならびにオレゴン州にて演奏される。2002年秋、第一回福岡現代邦楽フェスティバルで、多数の応募作品の中から選ばれた作品、「小夜風」(女声、尺八、三味線、打楽器の為に)が、初演される。2004年春、博士論文作品「ひさかたの」(メゾソプラノと室内楽アンサンブルのための)がブランダイス大学にて演奏される。2004年秋、再びウーマン・コンポーザーズ・コンサートを企画、開催し好評を得る。2005年春、ブランダイス大学よりアイラ・ガーシュイン賞を受賞し、博士号を得る。 2006年、ピアニスト、一色智子氏による委嘱作品が、カーネギー・ホールにて初演される。同年秋、ブランダイス・シアター・カンパニーの委嘱により舞台曲を、また2008年から2009年にかけてインディペンデント・フィルム「被爆者」のオープニング曲を手がける。2006年から2008年にかけて書き上げた「アドベンチャーズ・オブ・ジョン・マンジロー(ジョン万次郎の冒険)」(語りとピアノのための)が、アメリカ東海岸各地で演奏され、好評を得ている。2010年に兵庫西宮にて、また2011年にブリュッセルにて、パリ在住のピアニスト、靜代ル・ネストゥール氏とのコラボレーションを基にリサイタル「詩情の音」を開催する。作曲家活動を続けるかたわら、2013年秋にNPOヴィヴァーチェを立ち上げる。ボストン在住。作曲を、田島亘、ロバート・キア、キャサリン・アレキサンダー、デービッド・ラカウスキー、マーティン・ボイカン、ユフディ・ワイナーの各氏に師事。

 

ウィリアム・シルヴィオ

バークリー音楽院卒業。アメリカ合衆国内各地で演奏活動を行う。また、ヨーロッパの広範囲に渡って、ジョージアステート・オールスター・ビッグバンドと演奏旅行を行う。その一部に、ザ・モントロー・アンド・ノースシー・ジャズ・フェスティバルなどが含まれる。2001年、奨学金を得てヘンリー・マンシーニ・インスティチュートに参加。プロ活動を行う一方、2001年以来、ハル・クルック氏(バークリー音楽院元教授)から即興の真髄を学びつづけている。マーカス・プリンタップ、ジョン・ファディス、エディ・ダニエルス、ラムズィ・ルイス、ニューヨークヴォイシーズ、エルマー・バーンスタイン、ボブ・ブルックマイヤー、ハービー・ハンコック、ジョージ・ガルゾン、ジョー・ロバノ、ビル・ピアス、他多数の演奏家と共演。2010年に初のCDアルバム「アイ・ハド・ザ・ドリーム・アゲイン」をリリースした。2014年に東京で初ライブを成功させ、2015年には埼玉県越生町から招聘されてコンサートを開催。現在、バークリ音楽院準教授。

 

ルチア・フィノット

イタリアのミラノ翻訳通訳協会(S.S.I.T.)での学士号を経て、イタリア学術協会で医薬学専門の翻訳通訳の修士課程と比較文学の修士課程を修了。同地で長年、職業通訳者としての経験を積んだ後、再び学究生活に戻り、ボストンのブランダイス大学で、近東とユダヤ人文学の修士号及び、博士号を修得した。研究の主眼は、『中世の地中海地方での、イスラム圏から西ヨーロッパへの哲学及び科学観念の伝達における、ユダヤ人の役割』これまでに、ユダヤ教文化とイスラム教文化の歴史をテーマに、イタリア、アイルランド、ドイツ、メキシコ、米国の各地で講演を行うと同時に、中世でのユダヤ人弾圧の事実や反ユダヤ主義の起源に関しても、積極的に取り組み発表を続けてきた。母国語のイタリア語をはじめ、アラビア語、英語、フランス語、ヘブライ語、ラテン語、スペイン語に堪能で、これらの言語の研究にも余念がない。現在、ミラノ近郊のワインの産地、オルトレッポ・パヴェーゼに在住。

 

靜代 ル・ネストゥール

1961年、奈良県生まれ。4歳でピアノを始める。6歳より20歳まで宮沢明子に師事。大阪音楽大学ピアノ科を経て、同大学院修士課程修了。NHK洋楽オーディション合格。朝日新聞主催新人音楽コンクール入賞。1981年、奈良県吹奏楽団との共演「ラプソディー•イン•ブルー」でデビュー。関西を中心に演奏活動を始め、当初から現代音楽の初演も多く手掛ける。1987年、スペイン政府の招聘を受けて、サン・ティアゴ・デ•コンポステラの国際音楽講習会に参加。同地にて、最優秀ピアニストに与えられる『ロシタ・ロペス・コミュニオン賞』及び『ロサ・サバテル賞』を受賞。1988年、大阪にて、スペイン大使館及びベーゼンドルファー社後援の一連のリサイタルの後、渡仏。エコール・ノルマル音楽院にて、演奏家資格ディプロムを満場一致で得る。1993年、ソーゲ(SAUGET)国際コンクールにて、三位入賞、『二十世紀の音楽賞』を受賞。パリ国際室内楽コンクールにて、三位入賞。1995年、サン•モール国立音楽院にてチェンバロの金賞を満場一致で得る。1990年から2003年まで、往年の大歌手カミーユ・モラーヌ(Camille MAURANE)のアシスタントとしてピアノ伴奏はもとより、発声テクニック及び詩の解釈を学び、フランス歌曲の翻訳を手掛ける。2000年からは、戀 ル・ネストゥール(Reyne LE NESTOUR)のペンネームで、日本古来の形式を継承した和歌の研究、創作活動を開始する。パリ仏蘭西同人誌『雛罌粟』で数年に渡り、『万葉集』の研究エッセイを執筆する他、劇団『二の会』のシナリオ制作にも参加。ボストン在住の作曲家、中谷庸子との共同制作の歌曲集は、「睦魂」「小夜風」「ひさかたの」「にび色の鳥」など、ほぼ二年に一作のペースで発表されている。フランス、日本、イタリア、米国における演奏会は数百回にのぼり、レパートリーはバロックから現代音楽まで、形式もソロ、室内楽、伴奏と幅広い。2010年から2年連続で、バークリー音楽院(ボストン)からの招聘を受け、同音楽院にて、セミナー及び現代曲のソロ・リサイタルを行う。現在、パリ・エコール・ノーマル音楽院の公式ピアニスト。U.F.A.M.(婦人音楽芸術家連盟)コンクールの審査員。2014年、京都でピアノリサイタルを開催。2016年には、埼玉県越生町から招聘を受けリサイタルを開催する。現在パリ在住。